コスパの追求の行き着く先に何があるのか?

普段からコスパという言葉を聞くようになってから随分経ちますね。会話してて、おいしくて安いお店に行った話なんかしてると、「そこコスパいいですね」みたいに聞くことも多いです。
コスパ=安くてそれなりにいいもの?
ただ最近はもともとの言葉の意味から少し離れて使われることが多いなーと感じます。コスパ=コストパフォーマンス、ですよね。つまり、コスト(支払ったもの)に対して、パフォーマンス(得られる価値)が高いことの意味かと思われます。なので、仮に高額の100万円払ったとしても、120万円の価値があると感じられれば「コスパいい」となるはずです。
ただ今はほとんどの場合、「安くてそれなりにいいもの」をコスパいいと表現してることが多いと感じます。なので、服ならユニクロ、家具ならイケアやニトリなどなど、安くて無難なものが主にコスパいいものして受け入れられてる感じがします。
コスパばかり気にしてると経験が増えない気がする
その意味でいうと、個人的にはコスパという言葉があまり好きではありません。なぜかというと、その先に何も無い気がするから。今の解釈でいう、コスパのいいものは「安くて無難なそれなりにいいもの」なので、それを買うとたしかに短期的にはお金が節約できたり、それなりにかっこよくなったりはしますが、無難なものばかりなので、経験値増は増えないんじゃないかなーと感じます。
失敗もした方がいい
安くてかっこいいもの、安くてダサいもの、高くてかっこいいもの、高くてダサいもの、コスパは気にせずいろんなものを買ったり挑戦することで、幅も広がるし、経験値も増えてることで、人に話すときにおもしろい話ができるように、なるじゃないかなと思っています。
たしかにできるだけ節約したくて、安くてそれなりのものを買うことも悪くはないと思います。僕もそういうものを買うこともよくあります。ただそれだけではダメだとも思っています。映画観るのも失敗したくないから、ある程度おもしろいことが保証されてるものだけ見に行くとか。でもそこはもう、全くおもしろくない映画の可能性もあるけど、自分の直感を信じて見に行くというメンタリティでありたい。
レビュー文化が広がったことも、1つの要因になってると思います。映画観る前、ご飯食べに行く前、SNS、youtube、googleの評価、レビューが目に入りすぎです。もうそういうの一切見ずに、自分の嗅覚だけで映画みたり、ご飯屋さん行ったりしたいです。じゃないと、自分の物差し、美意識、センスは磨かれないと思ったりします。
結論
なので、失敗も含めて経験値になるという考えて方で、これからも買い物したり、ご飯食べに行ったり、映画観に行ったりしたいなぁと思います。












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